
2024年5月に発表された上記論文をご存知ですか?
“Efficacy and safety of once daily oral administration of sodium-glucose cotransporter-2 inhibitor velagliflozin compared to twice daily insulin injection in diabetic cats”
日本語で訳してみると、
「糖尿病猫における1日1回経口投与のナトリウム-グルコース共輸送体2阻害薬ベラグリフロジンと1日2回インスリン注射の比較」
というタイトルに。
全文はこちら(オープンアクセスです)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC11256146/
人の糖尿病ではそこそこ歴史があるSGLT2阻害薬(飲み薬)が、とうとう猫の糖尿病にも良いんじゃない?という論文。ざっくりですが、まとめてみました。
研究デザイン:
- この研究は、前向き、ランダム化、陽性対照、非盲検、非劣性フィールド試験です。
- 比較された治療法は、1日1回経口投与のベラグリフロジンと1日2回のインスリン(Caninsulin)注射です。
- 主要エンドポイントは、45日目に少なくとも1つの臨床変数と1つの血糖変数で治療成功を達成した猫の数です。
- 副次エンドポイントには、91日間の血糖および臨床評価が含まれます。
結果:
- 45日目にベラグリフロジン治療群の54%が治療成功を達成し、Caninsulin治療群の42%と比較して有意を示しました。
- 91日目までに、ベラグリフロジン治療群では81%の猫で生活の質(QoL)が改善し、54%で多尿、61%で多飲が改善しました。
- 血糖管理は両群で同等で、ベラグリフロジン治療群の78%とCaninsulin治療群の60%が平均血糖値252 mg/dL未満を達成しました。
- ベラグリフロジンの副作用には、軟便/下痢(38%)、尿培養陽性(31%)、非臨床低血糖(13%)が含まれ、Caninsulinの副作用には、低血糖(53%)、尿培養陽性(27%)、軟便/下痢(15%)が含まれました。
結論:
- 1日1回経口投与のベラグリフロジンは、1日2回のインスリン注射に対して優れており、猫の糖尿病管理において効果的。
- ベラグリフロジンは、臨床的な低血糖なしに良好な生活の質と血糖管理を示した。
- この研究は、ベラグリフロジンが糖尿病猫の治療において従来のインスリン注射の有効な代替手段となる可能性を示唆した。
ざっくりですが、こんな感じ。ざっくりな要約からは、非常に優れている新しい糖尿病治療薬ですよね。下記に私の感想と考察を一気に列挙します。
- ベラグリフロジン被験糖尿病猫の選定がめちゃくちゃ厳密
つまりこの新しい薬を使った糖尿病猫の条件がかなり限られていました。除外されたのは、糖尿病性ケトアシドーシス、急性・慢性膵炎、14日以内の食欲不振・嘔吐・下痢&それに対する治療をした猫、ステロイド投薬歴がある猫(全身性、局所、吸入すべて)、腎臓病を持っている猫、コントロールできていない甲状腺機能亢進症の猫、食欲増進系の投薬をしている猫(ミルタザピンなど)。
糖尿病を一応専門としている私でも、上記疾患および病態を患っていない糖尿病猫にあまり遭遇したことがないので、なかなか新しい薬を与える機会が果たしてあるのだろうか?と思いました。つまり、結構元気なんだけど、健康診断で血糖値が高いね、尿検査したら尿糖出ちゃったね、という症例なのでしょうか(ハッピー糖尿病ともいいます)。 - 主要エンドポイントが45日間(副次でも91日間)
前向き研究、つまり治療開始日を1日目としたときに、この臨床研究は45日目と91日目で評価し、治療成功と述べています。
糖尿病治療において、1ヶ月半〜3ヶ月での評価というのはある意味でなかなかアグレッシブ。半永久的に使用する薬なので、個人的には、せめて半年のモニターは必要なのではないでしょうか? - 上記治療成功の条件
多飲多尿、多食、歩行異常、平均血糖値(252.2 mg/dL以下)、最低血糖値(162.2 mg/dL以下)フルクトサミン(450 μmol/L以下)、これらが治療成功条件であり、45日目にはベラグリフロジン治療群(54匹)のうち29匹(54%)、インスリン治療群(62匹)のうち26匹(42%)という数字に。
また91日目には、ベラグリフロジン治療群では、平均血糖値252 mg/dL以下を達成した猫が44匹(81.5%)、最低血糖値162 mg/dL以下を達成した猫が41匹(75.9%)、フルクトサミン450 μmol/L以下を達成した猫が39匹(72%)。インスリン治療群の新規糖尿病猫では、平均血糖値252 mg/dL以下を達成した猫が39匹中26匹(66.7%)、最低血糖値162 mg/dL以下を達成した猫が39匹中28匹(71.8%)、フルクトサミン450 μmol/L以下を達成した新規糖尿病猫が39匹中24匹(61.5%)という数字に。
まず条件がかなり緩い?独自的?2018年に発表されたAAHAにおける犬猫の糖尿病治療管理のガイドラインに沿っているものとしては平均血糖値250mg/dl以下くらいで、フルクトサミン450μmol/L以下は、ほぼ達成できる甘々条件であると個人的には感じてしまいました。また、インスリン治療群と比べると、統計上は有意な差があったようですが、そこまで差があるかという印象は持ちませんでした。 - 尿中ケトン体の出現に関する記述
ベラグリフロジン投与猫の4匹(7%)でケトアシドーシス(DKA)が疑われましたが、これらの猫は全て正常血糖状態でした(eDKA)。
上記記述からも、本剤は糖尿病性ケトアシドーシス症例には使用を控えるように、というロジックになってくるとは思いますが、人の方でも同じような注意喚起が添付文書でも書かれているので、本当にケトアシドーシス時は控えたほうが良さそうな薬剤ですね。。。 - 著者がベーリンガーインゲルハイムの獣医師
この新しい薬であるベラグリフロジンは、ベーリンガーインゲルハイムというメーカーから発売されています(日本はもうすぐ)。日本国内で流通するであろう商品名は『センベルゴ』といいますが、ネーミングはともかく、新しい薬や成分での1st論文はメーカーから発表されるのは別に悪いことではないのです。悪いことではありませんが、この論文の結果や考察に陶酔することなく、国内外の専門医や専門家からの論文やセミナーなどを読んだり聞いたりしてからでも、使用するのは遅くないと思いますね。個人的に期待しているのは、やはり米国の内分泌専門医の先生たちからの報告です。本論文は全員欧州から(ベーリンガーインゲルハイムがドイツなのですからね)でしたので、超優秀な米国内分泌専門医からのコメントには注視しておきたいと思います。米国が得意とする長期間に渡る多施設によるQUEST STUDY(大規模調査)は、内分泌だけに限らず、他分野でもかなり面白い論文が多いので、個人的にはおすすめです。
※当院ではリリース直後からの処方はせず、しばらく静観して良き文献が出てくるまで待ちます※
松波動物病院メディカルセンター
院長 松波登記臣
